「カ どこいった?」
小学館より


「おでこはめえほん2 はくぶつかん」
ブロンズ新社より


「ねるじかん」
アリス館より



「おでこはめえほん1 けっこんしき」
ブロンズ新社より



「ぼくとばく」
小学館より



「すなばばば」
PHP研究所より





























































BSプレミアムで先日放送された五味太郎さんの回を見ました。

いろんな部分で共感しました。

本というアウトプットの見た目、雰囲気は自分とはかなり違うなあと思っていましたが
それに至る過程、考え方が結構似ていたので、意外でした。
(安心しました)

特にそう思った点が2つ。

「絵本を作りながら自分を発見している」

「絵本好きに向けて絵本を作っている」



上の一点目について、
わたしは「しごとば」というヒットに恵まれて
もうシリーズも4冊目を数えていますが
なるべくそれ以外の企画は、いわゆる「しごとばチック」ではない本を作ろうとしてきました。
そのお陰で、いろんなタッチ、ストーリー性の濃淡、一人称もの、会話やり取り型、など
(絵本以外の仕事では4コマ漫画までやってますが)
かなりレンジが広がってきました。
へえ、自分はこんなこともできるんだね、
こんなことも読者に受け入れてもらえるんだね、とその度に驚いています。

タッチが安定しない、毎回悩む(白髪が増える)というデメリットはあるかもしれません。
でもそれを上回るメリットがあると思います。

例えば、そうしていると自動的にやりたいことが増えていくので
モチベーションが下がりません。
(増えすぎて収拾がつかなくてストレスになる嫌いはありますが)



二点目について、
これは五味太郎さんの
「絵本好きは子どもも大人も関係ない」
「だって、餃子好きに子どもも大人も関係ないでしょう」
「餃子好きに向けて餃子を作るのと同じように、絵本好きに向けて絵本を作っているんです」
という趣旨での言葉。

最初に「ケチャップマン」という話を描いた時からの思いですが
私が絵本を描くとき、
子どもたちのために(教育的観点から見た子どもたちの健やかな成長のために!)という意識は
かな〜り、薄いです。
まずは自分が描きたい、面白いと思うものを、
その面白さを最大限に伝えるために、努力して描くというのが
基本的な、大前提のスタートラインです。
言い換えれば、そこからスタートしないと、
4〜6ヵ月も、一冊の本作りに対する情熱が続きません。
そしてラッキーなことに、
絵本はそうしてできた物でも、大人子ども分け隔てなく伝わる媒体です。
餃子がそうであるように!
(絵本を作り始める前は、何となくそうかな程度の認識でしたが、今は確信しています)
五味太郎さんは、それを「絵本好きのためにつくっている」(多分ご自身も含めて)と
端的に表現して、
わたしの心のモヤモヤを吹き飛ばしました。



気持ちよかったです!